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七五三の由来と千歳飴の意味について

      2016/06/16

七歳・五歳・三歳に行う儀式が11月15日に決まったわけ

七五三
七五三のお参りの由来はいくつかありますが、古くは平安時代とされています。

子供の生存率が低い時代のことです。

3歳まで無事に育つことができる子供はそう多くなく、3歳前後になってようやく現在で言うところの戸籍に記載されたといいます。

そのため記載できたお祝いと、子供の成長を願って儀式が行われていたようです。

特に男女七歳にして席を同じゅうせず、という言葉があって、七歳になると男性および女性としての生活が始まるということから、節目のお祝いをしたともいわれています。

現在のような儀式をするようになったのは江戸時代のことで、武家社会において行われた儀式です。

この儀式が庶民にも伝わったのですが、広く普及したのは明治時代になってからなのです。

11月15日にお祝いをするようになった由来は、徳川五代将軍綱吉の長男・徳松が病弱だったため、健やかな成長を願って古来からある儀式を行う際に、最善の日を選んだためなのです。

それまでは、個人の誕生日に行われていたようですが、綱吉の一声でこの日に定まったという説が有力です。

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始まりは浅草寺

千歳飴を最初に売り出したのは浅草の浅草寺で江戸時代に千年飴という名前で売られたのが始まりだといわれています。

紅白の棒状にして売り出したものが評判となったのですが、当時は子供のためにというものではなかったようです。

子供の健康と成長を願うというのは、後からつけられた意味で、それが現在に引き継がれています。

現在では浅草寺だけでなく全国の菓子店で作られていますが、直径15mm前後、長さは1m以内という決まりがあります。

そして、袋には歳の数だけ入れるのが習わしとなっています。

千歳飴

もうひとつ、大阪商人が江戸で飴屋を始めるときに、長い飴を食べると長寿になるという触れ込みで千歳飴という長い飴を売り出したのが始まりとする説もあります。

袋に書かれている絵は縁起を担いだもので、鶴は千年亀は万年、冬でも緑豊かな竹と松、冬の終わりと春の到来を告げる梅、が描かれています。

これらはすべて日本人が縁起の良いものとして周知しているものばかりですね。

また、地方によっては、めでたさのおすそ分けとして、親類や近所にお赤飯とともに歳の数だけ飴を配るという風習もあるようです。

いただいた側も健康のお福分けをいただけるので、とても喜ばしいことなのだそうです。

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短い飴もある

伝統的な千歳飴がある一方、長くて食べにくいというデメリットもあります。食べ始めは良くても、一気に全部食べるには量が多すぎます。

そのため、折ったり、金づちで小さく割ったりして食べる家庭も多いです。

また、長いまま食べると、よだれが衣服についてしまって汚すこともあります。

このような現代の事情を反映して、定型外にはなりますが、短いタイプを販売しているお店もあります。

健やかな成長を長寿を願う気持ちは変わらなくても、現実は少し違うみたいですね。

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